今日の社会における鼻笛の果たす役割と意義 (発足に寄せて)
こんにちの日本社会における閉塞感とがっかり感は、あえてこの場で言及する必要もありません。サブプライムローンも、トンフルエンザも、派遣切りも、「イヤだ」といってもニュースで耳から入ってきます。
年間3万人が自殺します!とか聞きますと、その気がなくても、うっかり「おれもそうかも!」とかいって、死にたくなってしまうかもしれません。
日々の暮らしの中で得る「笑い」はテレビの中か、呑み会の席か、そんな毎日を送っている諸君も多いのではないでしょうか。
メディアは、「クリエイティブに楽しく個性的に生きるように」と薦めてきますが、気がついたら新しいものを消費しているだけだったりします。
そんなつまらない話がありましょうか!
笑いも、クリエイティブも、個性も、自分の頭で考えて鍛えなければ手に入らないものではないか。人と人との関わりの中で、自らの中に発見し、育てるものではないか。
そこでなぜ鼻笛なのか、そう思われる方もあるでしょう。
それは、「よく考えないと」面白くも何ともない楽器だから。
ピーピー鳴るだけで、ある意味、笛なのかどうかすら疑わしい。
しかも、そこはかとない滑稽さというか、おかしみが禁じ得ない楽器でもあります。
私自身、いまだに自分で吹いて自分で笑うこともしばしばあるほどに。
しかし、「音楽を身近に感じる生活」を実現するとして、これほど「易しく、優しい」楽器があるでしょうか。しかも、ゆかい。すくなくとも私はお目にかかったことがありません。
鼻笛の優れた点を上げればきりがありません。まず安価であり、習得が容易で、持ち運びが楽で、しかも手間がまったくかからない。その場で一緒に出来て(鼻が詰まってたら厳しいけど・・・)、老若男女にウケる。
YouTubeなどによれば欧米ではバツゲームっぽく使われてたりするケースが多いようですが、ひとたび真面目に演奏すればオカリナ以上の表現力と自由度を以って、聴衆を圧倒する力を秘めています。
しかも、どうも、ただのオモシロ楽器ではないようなのです。
鼻で吹く楽器は、ひろく環太平洋に分布し、ときに愛をメッセージを奏でるために、ときに神への祈りを奏上するために使われてきたといいます。
個人的な印象を言えば、「まじめにやればやるほど面白おかしさが増す」。そんな楽器に、私は自分の人生を写し、強い思い入れを持つにいたりました。
鼻笛は私にとって、いまや友であり師でもあります。
この小さなおかしな楽器を、生涯傍らに置きともに歩みたいと思うほどです。
日本鼻笛協会は、我々が「よく考えてみた結果」面白いと思った、ひとつの鼻笛のありかたです。これがすべてではないし、一つの提案に過ぎません。
協会の主たるミッションは出会いの場を提供することです。もし同じように感じるところあれば、是非入会し、共に道をゆくもよいが、「己の鼻笛」を見いだしたら、それがその人の鼻笛道となる、というのが当協会の考えです。(2015加筆 いまは入会 という制度はありません。各人が鼻笛の徒として各自修練に勤しんでおります。)
技量の如何ではなく、鼻笛に出あった、そのあとの人生が豊かになることこそが、協会の願いであり、目的です。
本日のまとめに、当協会から諸君にむけたメッセージを送ります。
「ほんとうの豊かさとは何かなどと頭で考える前に、まず鼻笛でも吹いてみてはいかが?」
2009/05/28
会長近影